大切なものは

第 20 話


スザクが割れたカップを片付け、掃除機をかける音を聞きながら、自分の失態を思い返していた。今までも右腕一つでいろいろな作業をしてきというのに、なぜカップを取り落としてしまったのだろう。あり得ない失態だ。おかげでスザクに気づかれてしまうし、結果的に散々な目にあった。ただ、カップを取り出すだけ。それがあの時どうしてできなかったのか。体内に残った薬の影響か?いや、人は物事になれた頃にミスをする。遠近感が失われた今の生活にも慣れて、もう大丈夫だと慢心し、ミスが生じていた可能性が高いだろう。
・・・・・・・・
・・・失われたモノを考えても仕方ない。
もう二度と戻ることはないのだから。
義手と義眼という手はあるが、ブリタニア皇帝の息がかかった者が作った物など、何が仕込まれているかわからない。盗聴器、発信機。義眼にはカメラを仕込むことも可能だ。そんなものを身に着けていたら何もできなくなる。
ならば、代用品で補う案は論外。
体は道具だ。使えば使うほど精度は上がる。無意識の動作のときに今回のようなミスを二度としないように完璧に使いこなすしかない。
・・・掃除機の音が止んだ。スザクが片付けを終えたのだろう。
スザクがなぜ切り札になり得るナナリーの話をしたかはわからないが、あの反応から考えて、ナナリーは間違いなくここにいる。
不審な行動をすれば、ナナリーの身が危ない。
そう警告したとも取れるが、不可解な点もある。
逆に、皇帝の望むまま動けばナナリーは安全だといえるだろう。
だが、あの男の命令にいつまでも従っているつもりはない。必ず、ここの逃げ出してみせる。ナナリーとともに。

「はい、喉乾いてたんだろ?」

突然目の前に出されたペットボトル。
その手の先をたどれば、不機嫌そうなスザクがいた。

「・・・ああ、ありがとう」

受け取ろうと手をのばすと、スザクは何か思い出したかのような顔をしペットボトルを引き戻した。どういうつもりだと思ったが、ペットボトルの蓋を開けてから再び差し出した。

「その手じゃ開けられないだろ」

たしかにそのとおりだ。だが、足に挟めるなり方法はある。・・・あるが、練習は必要だ。今は素直に受け取るべきだと手を伸ばした。
用事を終えたスザクは、無言のまま部屋を後にした。
広いリビングに1人になり、もらったペットボトルを見ると当然だがミネラルウオーターだ。この部屋のペットボトルは水しかない。
口をつけると、冷たい水が喉に流れてきた。のみものをのむ。それだけで不思議と気持ちが落ち着くものだ。だから紅茶をと思ったが、今は仕方ない。

腕と目を失った理由をスザクは知らないようだったが、忘れているだけかもしれない。皇帝のギアスによって。あの日、スザクの手で皇帝の前に引きずりだされた時の会話を思い出す。その時の記憶に間違いがないのなら、皇帝のギアスは記憶の削除と記憶の書き換え。記憶の改竄。ギアスは両目にあり、オンオフが出来ていた。つまり片目で成長したギアスはオンオフができなくなるが、両目になり更に成長させることができれば、再び自由に使用できるようになるということだ。・・・今更知っても仕方のない情報だが、知らずにいるよりはいい。皇帝のギアスがどれほどのものか、できるだけ情報は集めてておくべきだろう。
飲食に関しても今後は警戒する必要がある。
皇帝はゼロの成果を見、利用価値があると考えてナイト・オブ・ラウンズに迎えた。捨て駒とするつもりかもしれないが、少なくとも皇宮内で手を出してくることはないだろう。だが、別の者達は動く。今はまだジュリアス・キングスレイという別人でいるのが最善。ルルーシュだと気づかれないように動くべきだろう。それでも、どんな手を使われるかわからない以上、飲食に関してはできるだけ安全策を取りたいのだが、さてどうするか。
・・・そこまで考えた時、スザクが戻ってきた。
目の前のソファーに座り、持ってきたものをテーブルに置く。パソコンだ。監視しながら仕事でもするのだろうか。迷惑な話だ。

「ルルーシュ、服のサイズ何?」
「・・・は?」
「服のサイズ。君の部屋を見たけど着替えが殆ど無い。私服を何着か用意した方がいいだろう?」
「それはそうだが・・・まさか、通販するのか?」
「任務以外で君を外に出す訳にはいかないからね」

任務での移動は基本ラウンズの制服だろう。
だから部屋着が何着かと下着類が必要か。
いや、他にもいるな。
サイズを教えると、スザクは画面を見て選び始めた。
こちらの希望は、無視か。
とはいえ気になる。
立ち上がり、スザクの隣のソファーに腰掛け画面を見ると、そこには。

「まて!まてまて!却下だ!!」
「・・・なにが?」
「その!服の話だ!そんなもの着れるか!」
「いいだろ、部屋着だし、楽だよ」
「お前ここが皇宮だと忘れるな!いくらなんでも猫柄スエットは無理だ!少しは考え・・・待てお前普段こんなの着てるのか?」
「暑いから着ないよ」
「ああそうか、お前暑がりだしなって、それなら尚更俺にも着せるな!」
「きみ、寒いんだろ?」
「寒くない!」

いや、少し肌寒い。部屋にある温度計を見れば寒いと思うはずのない気温。おそらくは体調不良・・・血液不足によるものだろう。腕を切り落とされた時どれだけ失血したのかわからない。

「そうやってすぐ嘘をつく」

不愉快そうに睨まれる。
たしかに、こんな些細なこと嘘をつく必要などない。が、今のスザクは敵だ。 的に不利な情報を渡す訳にはいかない。
そして、敵の施しを受けるつもりもない。
こちらの状況を憐れみ、同情しているのだろう。
不愉快だが、それを口にすれば、余計にこちらの嫌がることをするだろう。憎む相手なのだからそうするはずだ。いくら優しいスザクでも。
立ち上がると、携帯を取り出しコールする。

「待てルルーシュ、何をしている」
「ただの確認作業だ。会話は聞こえるようにする」

携帯を奪うため立ち上がったスザクを牽制する。
内容を聞けるのなら、無理に奪うわけにも行かず、スザクは引き下がった。
数コール後電話に出たのはビスマルクだった。

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